「『こういう選手は、他にいない』そんな唯一無二の存在になりたい」
1 GK 伊藤有里彩選手
マイナビ仙台レディースの選手に、これまでの歩みを振り返ってもらう「マイヒストリー」。それぞれのサッカー人生に物語があり、かけがえのない記憶があります。第9回はGK伊藤有里彩選手です。今季AC長野パルセイロ・レディースから加入し、チームの盛り上げ役としても力を発揮するGKにこれまでの歩みと仙台で過ごす日々について伺いました。
男子チームでフィールドプレーヤー。女子チームでGKの“二刀流”
――GKトレーニングはいつも賑やかで楽しそうです。なぜこんなに賑やかなのでしょう?
「やっぱり“人”ですかね?お互い煽りあって盛り上げあっている感じです」
――改めて、伊藤選手はご出身が長野県ですね。
「はい。長野県諏訪市です。諏訪市は諏訪大社があって、『御柱祭(おんばしらさい)』という、地域で有名なお祭り、神事があります。森の中で木を8本選んで切ってきて、その8本を各地域に分かれてロープをつけてそれを曳き、神社まで運んで最後には建てる。その諏訪大社はパワースポットでもあります」
――伊藤選手はパワースポットから来た人なんですね。
「はい。パワースポットから来ました」
――小さい頃はどんなお子さんでしたか?
「今と変わらず、このままですね。本当に手のかかる子だったと思います。いつも男の子たちといて、男の子のするような遊びをしていました。やんちゃでした」
――サッカー始めたのは何歳の時でしたか?
「小学4年生で10歳でした。兄2人がサッカーをしていて、それがきっかけで私も始めました」
――サッカーを始めた時のポジションは?
「最初はフィールドプレーヤーで、男子のチームと同時に女子チームにも所属していました。今、広島にいる伊藤めぐみと瀧澤千聖がチームメートなんですけど、『GKをやってみたら?』って言われてGKを始めました」
――GKを始めた年齢は?
「11歳の時だったと思います」
――小学校の時に所属したチームはFC SWAN U-12、どのようなチームでしたか?
「FC SWANは女の子のチーム。プライマリーという男子のチームにも入っていました。忙しかったです。女子の方でキーパーやって男子の方でフィールドやってました」
――二刀流だったのですね。それぞれ異なる楽しさがあったと思いますが、どんな風に感じてサッカーをしていましたか?
「とにかく小学生の頃は他のチームに負けたくないと思っていました。ここにいるチームメートたちの多くはジュニアユース、ユースなど環境の整ったところでスタートしていると思いますが、私の入っていたところは地域のチーム。練習場所が決まっていなかったりとか、そもそも選手たちだけで練習するような環境でした。小学校、中学校とそこでやっていました」



異色の経歴?中学校では男子サッカー部でプレー
――中学生でもFC SWANでサッカーを続けていますね。
「さらに中体連で男子サッカー部に入って、フィールドプレーヤーもやっていました」
――部活で男子サッカーに入ってたのですか?
「はい!」
――確かに今のマイナビ仙台の中では、異色の経歴かもしれないですね。他にもそういう選手はいましたか?
「そんなに多くはないんじゃないですか?多分、みんなはジュニアユースとかですよね?中体連(中学校体育連盟、中学部活の総称)を出ているのは私くらいじゃないですか」
――中体連はいかがでしたか?
「めっちゃ楽しかったです。男子を吹っ飛ばすというのがめちゃくちゃ楽しかったです。ポジションは左サイドバック。絶対誰にも負けなかったです」
――今、GKの位置からフィールドプレーヤーを見ていてやってみたくなりません?
「めちゃくちゃ、やりたいです。紅白戦でできるならやりたいです(笑)」
――中学卒業後は前橋育英高等学校へ進学します。高校進学はどういう経緯があったのですか?
「推薦を頂きました。とても環境が良かったので、前橋育英に行くことにしました。女子サッカー部は自分が1年生の時は50人くらい部員がいました。私たちの代から少人数制になって、1学年で10人くらいしか取らないということになり、高校2年生からは部員はかなり少なくなりました」
――環境の良さはどのようなところに感じましたか?
「人工芝のグラウンドがありました。その頃は、高校も土のグラウンドが多い中で、人工芝でしたし、チームも強かったです」
――高校生活はいかがでしたか?
「めっちゃ楽しかったんです。色々なことがありましたが自分の中では高校時代が分岐点でした。中学までは、みんなでワイワイとサッカーをやってきましたが、高校に入ってから、しっかりとした上下関係もありました。本当に何も知らず入っていって、人間関係や礼儀などは高校の時に学びました」
――ちなみに伊藤選手の所属していた頃のチームの成績はどうでしたか?
「関東大会はほぼ優勝してましたね。高校サッカー選手権もインターハイも。全国大会に行くと初戦敗退というくらいの成績でした」

サッカーも人間性も学んだAC長野での日々
――高校卒業後はAC長野パルセイロ・レディースに入りました。
「特別指定選手として高校3年生からの時から呼んで頂きました。当時、私はめちゃくちゃ下手だったんですけど、それでも何かを信じて取ってくれたと思いますし、感謝しています。AC長野には7年間いましたが、人間的な成長をたくさん考えさせてもらいました。まだ高校生でしたが、サッカー選手ってただサッカーが上手いだけではだめなんだな、と」
――人としての成長をはかることができた環境だったのですね。
「当時のスタッフの方々、先輩たちがサッカー以外のところも、厳しく教えてくれました。荷物の管理とか人間的なところもちゃんと教えてくれる方々でした。厳しかったし、大変なこともありましたが、18歳、19歳がサッカー選手としての分岐点でしたね」
――そこで成長できたことが、今にもつながっていますね。
「当時は悔しい思いもありましたが、そういう環境でたとえ嫌われ役になっても、厳しく接してくれたスタッフや先輩には本当に感謝しています。その頃があったからこそ、いろんなことに気づけるようになったので」
――7年間、AC長野でプレーし、今季マイナビ仙台へ移籍しました。どのような決断でしたか?
「もちろんお世話になったAC長野のために戦い続けたいという思いもありましたが、自分の中で新しい環境に行って、また違うものを吸収したいという思いもありました。もっと成長したいという思いが一番大きかったので移籍を決断しました」
まだまだ伸び盛り。新天地・マイナビ仙台での充実
――上野拓也GKコーチ、齊藤彩佳アシスタントGKコーチ、そして清水栞選手、横堀美優選手という仙台GKチーム。この環境はいかがですか?
「環境は本当に良いと思います。クラブハウス、そこに筋トレルームがあって、自分からしたら本当にすごい環境だなと思っています。練習時間以外の筋トレとかストレッチする場が整っているというところがモチベーションにもつながるというか、よりしっかりやらないといけないなと思います。ありがたいなと思っていますし、チームメートも1人1人レベルが高いので、やりがいがあるチームだなと思います」
――伊藤選手は誰といても楽しそうに見えるんです。
「仲の良い選手が多いので、サッカー以外のところ、プライベートでもすごく楽しく過ごせています」
――現在25歳で、伊藤選手はこれからまだまだ伸びていける年代。どんな選手になっていきたいですか?
「日本代表に入るということはまだ諦めていないです。ただ上手いGKではなくて、自分は他の誰も持っていないもので勝ちたいなと思っています。『こういう選手、他にはいないな』というGKになっていきたいと思っています」
――どんなプレーを表現していきたいですか?
「例えば、自分のストロングポイントはアグレッシブさや前に出る強さだと思っているんです。自分のプレーを見て、『面白い』とか『熱いな』って思ってもらえるプレーヤーになっていきたいです。代表という舞台も、自分はまだ諦めてないので、しっかりとやっていきたいなと思っています」
――サッカーをしている子どもたちに何かアドバイスをするとしたら、どんな言葉を贈りますか?
「何かを思ったらとりあえずやってみるということが一番大事だと思っています。恥ずかしいと思うことが一番もったいないですよね。『恥ずかしいからできない』とか、『みんなと違うことだからできない』というのはすごくもったいない。まず行動してみること。人に迷惑をかけることでなければ、全部やってみることが大事だと思います。人と同じ行動でなくて良いです。自分でやりたいと思ったことがあったら、積極的に何でもやってみることが大事かなと思います」

文・写真=村林いづみ