「いつかはこのチームで優勝したい。
勝利に導く瞬間を目指して、厳しく自分を磨き続ける」
24 MF 遠藤ゆめ選手
マイナビ仙台レディースの選手に、これまでの歩みを振り返ってもらう「マイヒストリー」。それぞれのサッカー人生に物語があり、かけがえのない記憶があります。地元多賀城市、そしてアカデミー出身の遠藤ゆめ選手へこれまでの歩みや今の思いについて伺っています。
やんちゃでわんぱく。気持ちが前面に出る、負けず嫌いな女の子
――遠藤選手は宮城県多賀城市出身。小さい頃はどんなお子さんでしたか?
「わんぱくな、すごくやんちゃな子どもでした。ずっと外で遊んでるし、ちょっといたずらもするし、すぐ怒られていました(笑)」
――遠藤選手のご兄弟は?
「兄と妹がいます。3人兄妹の真ん中です。末っ子だと思われがちですが……」
――今でこそ後輩はいますが、チームの中でも妹キャラクターのイメージがありましたからね。サッカーを始めたきっかけを教えてください。
「サッカーを始めたきっかけは、幼稚園の先生に『小学生になったらサッカーやってみたら?』と勧められたんです。幼稚園にサッカーチームがあって、そこの体験でちょっとだけサッカーをした時でした」

――小学校の時は地元スポーツ少年団でプレーしました。
「はい。多賀城FCに入りました。チーム内の女の子は私が1年生の時に、6年生に1人いたかな。学年が上がって5年生、6年生になった時には、同学年に3人くらいに増えていました」
――小学生の時には、元Jリーガーの財前宣之さんのサッカースクールにも通っていたそうですね。
「はい。財前さんのスクールは、今ではジュニアユースのチームもあります。当時はスクールだけでした。父が知り合いとフットサルをするということになって、その仲間に財前さんがいたそうです。そこに一緒に行かせてもらいました。ちょうど財前さんがスクールを開いた頃で、通わせてもらうことになりました」
――以前財前さんにお話を聞くと、「ゆめちゃんは誰よりも上手かった」と。
「いや(笑)スクールでは、ドリブルのタイムやリフティングの回数などを計測していて競っていました。スクールの中で1位を決めたりしていたんですけど、それは負けなかったですね。今よりも相当負けず嫌いでした。そういう気持ちが表にも出ていたと思います」

スタンドから応援したベガルタ仙台は憧れの存在
――中学校年代では当時のマイナビベガルタ仙台ジュニアユースに進みました。
「セレクションがあると聞いて、『入れたらいいなぁ』くらいでした」
――地元でサッカーをしていて、当時のベガルタ仙台はどういう存在でしたか?
「子どもの頃はタオルを持ってユアスタに応援に行ってたので、憧れでしたね。赤嶺真吾さん(2010~2014年在籍)はすごく活躍していましたね」
――ジュニアユースではいろいろなところから選手たちが集まってきましたね。どのような環境でしたか?
「当時は今よりも身長が低かったです。周りの大きい人たちとサッカーをしていたからこそ頭を使うようになりました。良い環境で競争させてもらったと思います」
――高校に入るタイミングで、トップチームは「マイナビ仙台レディース」となりました。マイナビ仙台レディースユースの3年間も遠藤選手は本当に活躍していた印象です。
「1学年上の人たちが、速いし上手という選手が多くて、その中で試合に出るっていうのは一苦労でした。当時から、私の課題は守備。それを無視してというか(笑)、攻撃ばかりやらせてもらってたので……。(猪瀨)結子ちゃん(岡山湯郷Belleに期限付き移籍中)が左サイドバックで、自分がボールを取られたら全部取り返してくれていました」

鮮烈なトップデビュー。プロの壁に直面したからこそ重ねた努力
――仲間が助けてくれていたのですね。のびのびとプレーし、2種登録されたのは高校2年生の時が最初ですよね。トップの試合に始めて出たのはいつでしたか?
「高3でした」
――ユースのエース、ドリブルのすごい選手が来た!と見ている側の衝撃もすごいものがありました。トップの試合に出場して感じたことや手応えはいかがでしたか?
「まだ選手として知られていないし、相手からの対策も全くなかったので、『意外といけるな』という攻撃面の手応えは少しあったかなと思います」
――トップレベルの違いみたいなものは、徐々に感じるようにはなっていきましたか?
「そうですね。最初は割と何も考えていなかったので……。徐々に試合を重ねるにつれて、プロの難しさを感じるようになったかなと思います」
――最初にぶつかったプロの難しさはどういうところだったのですか?
「やっぱり戦う部分。守備の強度であったり、フィジカル面ですよね。競り合いもです。そして走るということ。全然走れなかったので……」
――そういうところを補うために、現在も全体トレーニングの後にも居残り練習に取り組んでいます。成果は出てきていますよね?
「徐々に出てきたなと思います。ただ、試合には出続けているからと言って緩んでいるわけではないですけど、試合に出てない時はもっと必死になっていたよなって感じるんです。もっとやらなきゃ上に行けないなということはすごく感じています」
――必死にくらいついて行くという姿勢ですよね。追加の練習はかなりハードに取り組んでいる印象ですが、どんなメニューが中心ですか?
「まずは走り。そしてボールはその日のシュート練習の課題に取り組みます。1対1の守備が必要ならそれに取り組むし、サイドチェンジに課題があったらロングキックとか。走りの量は、試合の日から逆算して決めています。フルコートの縦1往復セットとか、縦か半分まで2往復とか。割と足がきつくなるような走りを入れて、一旦お昼ご飯食べて、筋トレを1時間半くらいしています」
――体も変わって来るくらい、かなりタフなトレーニングです。後輩の佐藤にいな選手に聞くと「トップに上がって、ゆめちゃんが本当にプロでした」とその姿勢に驚いていました。
「そうなんですか?(笑)でも、課題に向き合うようになったこともそうですし、メンタル的にも変わってきました。上手くいかない時に、ただ上手くいかなかったなって思うより、もうポジティブにやるしかないなっていう風に思えるようになったのは成長したところかもしれません」
――強くなりましたね。それは大きな成長、進歩ですよね。
「はい、それはすごく思います」

プロ初ゴールは兄の目の前で決めた。家族の支えを力に変える
――今シーズンも3ゴールを上げていますが、ご自身にとってのWEリーグベストゴールは?
「プロ初ゴールはアウェーの(2023-24シーズン第6節)ノジマステラ神奈川相模原戦でした。その試合は、兄が神奈川に住んでいるのですが初めて見に来てくれました。会場に来ていることは知らなくて、ゴールを喜んでいたら、スタンドから『ゆめ!』と声をかけられました。めっちゃ嬉しくて、びっくりでしたね。ゴールを決めて母も泣いたと聞いて、それも嬉しかったです。2ゴール目は高校の卒業式の翌日の試合(第8節・セレッソ大阪ヤンマーレディース)で、心に残っています。家族に目の前でゴールを見せられたというのはすごい嬉しかったです」
――ご家族の支えを感じながらプレーしていますね。今シーズンはまもなく終了しますが、今後の目標を聞かせて頂けますか?
「個人としては強度の部分で、何回も動き直して何回も走ること。デュエルで負けないこと。攻撃で絶対的というか、ドリブルで違いやリズムを作っていきたい。他にも今シーズンは真ん中のポジションをやることも増えました。いろんなポジションでその時に与えられた役割を器用にできるようになりたいと思います。チームとしては、将来的に本当にこのチームで優勝したいです」
――サッカーしている子どもたちにはどんな言葉を伝えたいですか?
「とにかく楽しんで欲しいです。サッカーには勝ち負けがありますが、楽しいと感じている時が一番上手くいくと思います。小さい時は、特にゴールに無我夢中に行くというか、そういう姿は家族や見ている人たちにとっても嬉しいものだと思います。どん欲に狙っていって欲しいですね」

文・写真=村林いづみ